高岡に過ぎたる物が2つあるという。1つは「高岡古城公園」もう1つは「二上山」である。
「高岡古城公園」は、全国で2番目に大きい自然公園である。よくも高岡の町中にあのような野趣あふれる公園が残ったものだと感心するとともに、今日では高岡市民の憩いの場としてなくてはならない公園になっている。
さて、「二上山」である。標高は274メートルと低いが周囲に肩を並べる山がないため実際より高く見え、際立っている。
その秀麗な山容とも相まち、東の立山、西の二上山。
日の昇る立山、日の沈む二上山と対句して呼ばれることもあり、神が宿る山と仰がれても不思議ではない山だ。
二上山は古来より越中国の中心であった場所である。
二上山を真上から見れば、その山麓には現在の伏木勝興寺(国宝)付近であろうか越中国庁が栄え、746年〜751年まで大伴家持が越中(4郡)能登(4郡)を平定していた。
伏木一宮地区には気多神社があり、太田地区には国指定史跡・桜谷古墳があり武田家住宅がある。 1299年慈雲妙意・清泉禅師が二上山摩頂山に東松寺(弘源禅寺・国泰寺の前身)を開いている。今は、西田地区に国泰寺が建っている。

二上山 魔頂山 (現)弘源禅寺
南北朝・室町時代の越中守護職には、名越 時有(放生津)普門 利清 桃井 直常(放生津)桃井 直信(放生津)斯波 義将(守山城)遊佐氏(砺波郡)神保 長誠(放生津)椎名 康胤(新川郡)神保 慶宗(守山城)神保 氏張(守山城)が戦国時代を戦い、最後は前田 利長が守山城主となった。 そして、その全てを見てきた二上射水神社が二上山南麓に位置し二上山をご神体としている。

二上山南麓 越中総社 二上射水神社
